プライバシーのドラマトゥルギー
フィクション・秘密・個人の神話
個人をフィクション化しようとする社会と、それに抵抗する個人とのあいだに交わされる果てしなき闘争のドラマトゥルギー。ゴフマン、ベイトソンを援用し、侵害のまなざしという視点からプライバシーの意識と感情を徹底的に解明する。
序 論
第I部 社会現象としてのプライバシー
第1章 プライバシーとイメージ
第2章 覗きの視角
第3章 プライバシーとフィクション化の問題
第II部 解釈の視点と近代社会の基本的な解釈スタイル
第4章 プライバシーと解釈の視点 ― プライバシーはいかなる秘密か
第5章 プライバシーのない社会
第6章 近代社会の解釈スタイル
第III部 プライバシーとコミュニケーション
第7章 プライバシー侵害とフレーム化
第8章 プライバシーとノンコミュニケーション
第9章 コミュニケーション・システムとノンコミュニケーション
第10章 H・ジェイムズの一小説にみる個人記号をめぐる問題
第11章 ノンコミュニケーションをめぐる変遷
文献リスト
索 引
第I部 社会現象としてのプライバシー
第1章 プライバシーとイメージ
第2章 覗きの視角
第3章 プライバシーとフィクション化の問題
第II部 解釈の視点と近代社会の基本的な解釈スタイル
第4章 プライバシーと解釈の視点 ― プライバシーはいかなる秘密か
第5章 プライバシーのない社会
第6章 近代社会の解釈スタイル
第III部 プライバシーとコミュニケーション
第7章 プライバシー侵害とフレーム化
第8章 プライバシーとノンコミュニケーション
第9章 コミュニケーション・システムとノンコミュニケーション
第10章 H・ジェイムズの一小説にみる個人記号をめぐる問題
第11章 ノンコミュニケーションをめぐる変遷
文献リスト
索 引