公共性のパラドックス
私たちこそ公共精神の持ち主
いま日本で幸福だと感じる人が少ないのは、本来、人間のためにあったはずの公共性が、制度やシステムとして逆に人間を支配しているからだ。公共性のありかを人間の精神活動に求め、それが人間という社会的存在の幸福と直結していることを説く。
第1章 公共なんてヨソ事?
1 公共と言えばモノ(制度)ばかり
2 「人間」はどこにいるのか
3 弱い「私」
4 ウチとソト
5 自由とは「気まま」のこと?
6 フェアネスの精神はどこへ行ったのか
第2章 人間は不要? ― 効率主義の世界
1 人間がシステムに引き渡される
2 資本主義の世界
3 市場システムの自立
第3章 「もつ」よりは「ある」ほうがよい
1 働くことじたいが幸福
2 価値 ― 社会への通路
3 価格(カネ)だけが価値なのか
4 「ある」ことの深さ ― 自分の奥行き
第4章 公共性のありかをモノから人間へ
1 公共性の問題に対処できるのは誰か
2 「市民」と「生活者」
3 科学・技術の公共性
4 経済を生活世界の中へ内部化する
5 私の保証としての公 ― 古代ポリスという事例
1 公共と言えばモノ(制度)ばかり
2 「人間」はどこにいるのか
3 弱い「私」
4 ウチとソト
5 自由とは「気まま」のこと?
6 フェアネスの精神はどこへ行ったのか
第2章 人間は不要? ― 効率主義の世界
1 人間がシステムに引き渡される
2 資本主義の世界
3 市場システムの自立
第3章 「もつ」よりは「ある」ほうがよい
1 働くことじたいが幸福
2 価値 ― 社会への通路
3 価格(カネ)だけが価値なのか
4 「ある」ことの深さ ― 自分の奥行き
第4章 公共性のありかをモノから人間へ
1 公共性の問題に対処できるのは誰か
2 「市民」と「生活者」
3 科学・技術の公共性
4 経済を生活世界の中へ内部化する
5 私の保証としての公 ― 古代ポリスという事例