気功の人類学
〈気〉と〈治〉の身体実践

統計を超えた身体知――〈気〉とは何か?
上海中医薬大学出身の人類学者が、官民二つの現場から「治癒」の深層に迫る
目に見えない〈気〉、数値化できない治療効果――。上海中医薬大学で中医学を修得し、臨床の最前線を経験した著者が、現代中国の「官製」と「民間」の気功現場に身を投じ、修行とフィールドワークを遂行。〈気〉の生起プロセスと癒しのメカニズムを学術と実践の両面から解明! 気功が拓くケアの地平
【本書の特徴】
①圧倒的な現場感
最大規模の「上海気功研究所」と、癌患者たちが支え合う民間「郭林気功」の現場での長期参与観察でディテールを詳しく記述。。
②中医学×人類学の融合
中医師としてのバックグラウンドを持つ著者だからこそ描ける、理論と身体感覚の交錯。
③〈気感〉の正体
指導者がいかにして生徒に〈気〉への注意を養成させるのかを解明。
④気功の歴史を分析
「気功」という概念が、中国共産党の政策や社会状況の中で「創られた伝統」として形成された歴史を詳しく分析。
⑤「ケアのロジック」の提示
統計やエビデンスではこぼれ落ちる、個人の微細な情動や身体感覚が、環境や他者と響き合いながらいかに〈治〉を形作るかを分析。
【本文より抜粋】
◆エピグラフ
人の生は気の聚(あつ)まれるなり。聚まれば則ち生と為り、散ずれば則ち死と為る。 『荘子・知北遊篇』より
◆序章
本書で行う研究は、中国古代思想や哲学をもって、理論的に〈気〉を説明するのでもなければ、既成の中医学や伝承された知識に基づいて気功の治療効果やメカニズムを分析するのでもない。むしろ、〈気〉、および気功を「中国古代思想・哲学」「中医学」といった従来の枠から取り出したいと考えている。
そのため、本書では、気功現場で「実践している身体」(私の身体を含む)に焦点を当て、その気功現場での身体経験と〈気〉や〈治〉という気功における中核的概念の構築・生成との関連性を可能な限り明らかにする。このように、本書は、〈気〉に関わる哲学的検討、気功における自然科学・臨床的な研究とは異なり、実践に根ざすかたちで論じる人類学的アプローチにより、気功および〈気〉や治療効果をめぐる人類学的議論、気功の核心の理解に寄与することを目的としている。
◆4章
半年間も練習したシンプルな動作の繰り返し……自分は何をやっているかさえわからなくなった。沈先生の「終了」という合図が聞こえた時、動作を止めて、夢の中で覚醒したような感じがしたが、頭痛も、まるで夢に取られていったかのように、弱くなった。汗が少し出ており、体がポカポカで、やっと重い荷物を下ろしたかのような感じで気持ちよかった。
……静功〔動かない気功〕では、どれくらい時間が経過したかわからないが、終わりも近くなってくると、頭が空っぽになり、イメージや注意の焦点も失ってしまっていた。そして、恍惚とした状態の中で、薄らと「終了」の合図が聞こえ、目が覚めた。「どういう感じですか」と沈先生に聞かれた時、私は「あ、頭と喉のことですね……たしかによくなった」と返事した。とはいえ、「痛み」がなぜ消えたのか、ただ「痛み」を忘れたのではないかと考えたとたん、痛みがふたたび湧いてきてしまい、せっかく味わった〈気〉の治癒力を台なしにしてしまった。
◆5章
早朝4時頃に目を覚まし、宿の庭や田圃道に出ると、すでに数名の生徒たちが黙々と〈行功〉に取り組んでいた。合宿では、一時間半に及ぶ練習が終わるまでは、知人同士であっても会話を控える決まりがある。私も冷涼な朝の空気を感じつつ練習に加わり、道すがら何人かの生徒たちとすれ違ったが、皆〈吸、吸、呼〉という特有の呼吸に専心していた。
盛夏であっても早朝には涼風が通り、青草の匂いと鳥の声が全身を包む。この環境で呼吸を行うと、「スッ、ス~」という吸気音が静寂に鮮明に響き、草木の香りと相まって、平時よりも多くの空気を吸い込んでいる感覚が生じる。反復によって身体が動作に馴染んでくると、意識は次第に動作の正確さから離れ、呼吸音とそのリズムへと集中が移る。やがて身体全体が呼吸のリズムに同調し、意識はほぼ完全に〈吸、吸、呼〉の音と感覚に包まれるのである。
◆終章
統計やガイドラインではこぼれ落ちてしまうような微細な身体の感覚・情動や、病とともにある生活の語りに、もっと耳を傾けること。あるいは、診療室の外、時間帯や空気、場所の静けさや光の柔らかさ、といった環境が、身体にどのような作用を及ぼすのかを治癒の資源として捉え直すこと。そして何よりも、治った・治らないで終わらせず、その人がどう生き続けていけるかを支える実践や、人および環境とのつながりを、〈治〉の一部として制度的にも育てていくこと。
こうした感覚・情動的経験に根ざした視点は、気功という特異な実践を超えて、現代医療やケアをもう一度「人間の経験」という地平から見直すうえで、大切なヒントになるだろう。
序 章 不可視の〈気〉、不透明な治療効果
第Ⅰ部 〈気〉をめぐる言説と現場
第一章 〈気〉はどのように研究されてきたか
第二章 気功の現場と実践
第三章 現場における気功をめぐる歴史と言説
第Ⅱ部 気功現場における〈気〉と〈治〉の生成
第四章 〈気〉と〈治未病〉――制度化された気功実践
第五章 〈吸、吸、呼〉と〈抗癌〉――民間における気功実践
終 章 〈気〉の人類学
エピローグ
注
参照文献
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